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オリジナル小説逆運の神子第一章 神の子   神の子 第6話 

所属カテゴリー: 逆運の神子第一章 神の子

公開日:2017年03月22日 / 最終更新日:2017年03月22日

序章 神の子



 三年ぶりに訪れた小国宰様の執務室は、相も変わらず自国愛に溢れていた。
 壁伝いに、これでもかと自国で作られたであろう工芸品が並んでいる。小置箪笥や猫の手、飾り版画などが、ここにも、あそこにも――といった具合に山積している。まるで売れ残った在庫をしまい込む商家の蔵みたいに。
「こころ」
 父上に窘められて、私は視線を前方に戻した。
 ほとんど同時に、反対側でも棘を含んだ声が上がる。
「平蔵」
 鼠大将が子鼠を叱りつける声だった。どうやら平蔵も室内を見回していたらしい。
 うわあ、と思っていると、壁の向こうがにわかにざわめきだした。
「いかんいかん。遅刻だ」
 その通り。遅刻も遅刻、大遅刻だ。もう四半刻は待たされている。
 壊れんばかりの勢いで、目の前の厚そうな木扉が左右に別たれた。どかん、と物凄い音が室内に轟いて、小国宰様が転び出るように入ってくる。
「いやあ、お待たせいたした。申し訳ない」
 扉のすぐ前に置かれた、いかにもといった厳めしい政務机に両手をつくなり、小国宰様は、持ち前の人懐っこい顔をきゅっとすぼめて私らに詫びた。走ってきたのか、肩が上下している。顔も頭も、茹でられたみたいに赤らんでいた。
「毎年のことながら年の末は忙しすぎていけない。あ、知ってました? 年の末って突然死が急増するんですよ。ほら、やっぱり忙しすぎるもんだから、身体が壊れちゃうんでしょうね。身体というか頭かな。色んなものに振り回されている間にね、こう、頭の中の血管がぷっつりと切れちゃって、そのまま逝っちゃうんじゃないかなあと。私はそう思っているんですけどね、でも確かめる術がありませんからな。もしかしたら寒さのせいで亡くなるのかも」
 つるつると禿げ頭を撫でながら、まくしたてるように喋くる。酸っぱい顔も、口を動かしている間に普段の人懐っこい丸顔に戻ってきた。
 我が国の小国宰様は、七人いる小国宰様たちの中で一番威厳がないと、私は睨んでいる。
 小柄で小太り、頭も禿げているし、服飾が洗練されているわけでもない。頭巾をかぶり、小袖を着て田植えに出れば、誰もが単なる農夫だと認めるだろう。一見であればなおさら、市中に溢れる凡夫には見えても、重責に耐えて政を行う公職者(高位)には見えないはずだ。
 ただ、威厳がないだけで、能力は全小国宰の中でも随一だという気はしている。
 よりどころは彼の任期の長さ。
 小国宰の任期は、一期あたり二年。三期六年も席に座っていれば、まず名手と称えられる。それをもう、倍の六期十二年も座っているのだから、無能であるわけがない。無能者が五度も再選を果たすなんて、まず不可能だろうし。
 こんな具合の人物なので、評価も真っ二つに分かれている。私のような良派と、父上のような否派に。で、鼠大将は父上と同じ否派であるらしく、二人揃ってむすったれていた。横目で見た感じ。
 それに気づいている風もなく、小国宰様は商人のような軽さで接してくる。
「秋口だったと思いますが、今年は暖冬になると聞いたんですよ。でも、惑わされただけでしたわ。してやられた人、結構いるんじゃないかなあ。私もそうでね、今年は布団を二重敷きしなくてもいいやって、まだ押し入れから出してないんですよ。そしたらもう寒くて寒くて。毎晩ね、夜明けにはころりと逝ってしまっているんじゃないかって、心配ばっかしてます」
 からからと笑いながら着席する。ようやく本題に入るかと思いきや、世間話は終わりではなかった。
「そうそう。今思えば、暖冬という割に今年はメグの花が早咲きでしたな。どのように導き出しているのかも教えてくれないような予報を信じるより、花の一輪でも観察していた方が、よほど正確に時候を読み取ることができそうだ。虫や鳥なんかもいい。あやつら、冬眠したり羽根が生え替わったりするでしょう。うちの国には〈稲鳥(とうとり)〉がたくさんいますから、ひとつ標にできないものか検討してみたいですねえ」
 稲鳥は、稲の鳥と書いてトウトリと読む。稲の実が大好物で、そのせいか自身の身体も稲穂と似たような薄い焦げ茶色だ。くちばしから尻尾まで含めても、掌の中に収まる程度の大きさしかない。十羽以上の群れで行動するのが特徴的で、稲穂の頭が垂れてくる頃によく見かける小鳥である。
 して、小国宰様は、この鳥の「恋の季節」から時候を看取できまいかと思案しているらしい。
『稲鳥の恋は一度きり。大人になって初めての夏に、一度だけ』
 という、全国的に有名な文句がある。特に、初恋に身悶える乙女に大変な人気を博している文句だ。
 しかし、有名なのはこの部分だけで、続きの方まで知っている人は、発祥の我が国含めて稀である。
 全容はこう。
『稲鳥の恋は一度きり。大人になって初めての夏に、一度だけ。腹満ちる夢に雄踊る。腹空く夢に雌嘆く』
 陰月国ではいつの頃からか、稲鳥は米の豊作・不作をあらかじめ知ることができると言われてきた。
 その年が豊作なら、雄は踊りを披露する。千差万別の恋の舞踊を。雌はそれを見て、気に入った相手がいれば間近に飛んでゆき、一緒に踊って心を通わせ、つがいとなる。
 逆に不作なら、雌の方が歌を披露する。笛のような鳴き声から欠伸のような鳴き声まで、様々な声を使って歌い上げる。人間と変わらぬ恋歌を。雄は好みの歌を聞き分けるとそちらに飛んでゆき、一緒になって歌って心を通わせ、つがいとなる。
 お松さんが好きそうなこの話が真実であるのなら、稲鳥の「恋の季節」を観察していれば、きっと気候は先読みできる。と、小国宰様は思っていらっしゃるのだ。
 事の真偽はともかく、情緒があっていいかも―なんてぼやっとしていたら、部屋に、女の腐ったような嘲笑が沸いた。
「ふふ。一国の長ともあろうお方が、まさかそんな世間の口碑を本気でお信じに?」
 子鼠だった。
 これ、と親鼠が窘める。
「いいんですよ」
 小国宰様は変わらぬ笑顔で庇い立てを遮り、平蔵に訊いた。
「君は信じていない?」
「はい」
 即答だった。聞くまでもないだろうと、言外に含みを持たせて。
「理由が聞きたいと言ったら、答えてくれるかな」
「もちろんです」
 即応する平蔵。得意げに述懐を始める。
「俺……僕の家は兵部に関わりが深いから、矛も扱えば弓も扱うし、鉄材だって扱う。中でも馬は、勁疾(けいしつ)で鳴る南方国(みなみかたのくに)の野馬にも劣らぬ駿馬揃いであると自負しています。僕が育てていますからね、自信だってありますよ。父上のような商才はありませんが、馬を育てることに関しては僕の方がずっと上だ」
 平蔵は言う。馬場では毎日のように稲鳥が飛んでくるのだと。
「ありふれた鳥ですからねえ。不思議ではない」
「でも、毎日毎日見ている人はごく少数でしょう」
それこそ、米農家に限らず耕作人は毎日見ている気がする。門守(かどもり)のような、外で立ちっぱなしの仕事をしている人とか。わざわざ突っ込んだりしないけど。
「稲鳥は踊ったりしない。ただ跳ねるだけで、羽根の使い方だって稚拙だ。鳴くことはあっても、ぴょお、ぴょお、とだけですよ。そんな器用な鳥じゃない。餌だって丸呑みにしてしまうんですから。僕が見てきた稲鳥たちは、どんな季節、天候であっても変わりはしなかった」
「それじゃあ、あの話はまったくの出鱈目だと?」
「だと思いますよ。稲鳥は稲を食い散らかす害鳥だって、みんな知ってる。だからそんな話を作ったんでしょう。誰かさんの良心が痛んだんじゃないかな」
 夢のある話ですらぶち壊しにする。しかも徹底的に卑下することも忘れない。さすが鼠野郎。これだから嫌いなんだ、こいつ。生理的にも理性的にも不快感しか湧いてこない。
 とか静かに心の炎を焚いていたら、存外な口が開いた。
「それは違う」
 父上のだった。まさかの。
 面食らっているのは小国宰様も同じで、横を向けば鼠大将もだった。
「何が違うと?」
 食い付いてきた平蔵の方にしっかりと向き合い、父上は説きだした。
「稲鳥にはまこと、時候を読む能力(ちから)がある」
「はっ。何を根拠に」
「根拠ならあるが、まず聞かせてもらおう。お前は稲作などしたこともないだろうに、年々の豊作と不作を、どう見極めていたのだ?」
「そ、そんなもの」
 高声が、裏返ってさらに高くなる。「稲に実がたくさんついたかどうかだけだよ」
「ほう。では何を基にして、多い少ないを測った?」
「馬鹿馬鹿しい。見ればわかる」
「面白い。実を見ればわかるのなら、一望すれば一田あたりの収穫量がわかると言うのだな。少なくともそれが豊作なのか不作なのか、判断がつくと」
 ――口を慎めよ、小倅。
 怒気が、一瞬にして室内の空白を埋めた。父上の気勢につられて、頭皮と髪がぴりぴりとしだす。
 見まいとしていたけれど、気になって、そっと平蔵の方を盗み見た。
 父親譲りの出っ歯を曝し、細い目を見開く醜男が一人、顔面を蒼白にさせて立っている。普段の強気はどこへやら。腰が砕ける寸前といった様相だ。子鼠というより、小鼠という感じに萎縮しきっている。
「いいか吉蔵の小倅。稲鳥はな、風聞が示す『夢見』によって先を読んでいるわけではない。己の周りを囲う温度を読んでいるだけだ。特に、つがいを求めている時期に敏く感じ取れるように身体ができている。ただそれだけよ」
 怒気の割に、静かな叱り方だった。親のいる前だから配慮したんだろう。面白さに欠ける展開だ。けどまあ、叱られている当人は震え上がっているから、これはこれで憂さが晴れていい。
 さて平蔵はどう切り抜けるかしらと注目していたら、小国宰様が晴れがましい声で、
「ほほう。こりゃ興味深い」
 禿頭をぺしぺしと叩く。「温度を感じ取って、それがなんで前知に繋がるのですかねえ」
「お戯れを。小国宰殿はご存知でしょう」
「いえいえ。お恥ずかしながら」
 後ろ髪……ではなく、つるりとした後頭部を掻いて照れ笑い。この愛嬌も、彼の人気のひとつということになっている。統率者としてどうなのかと、私としては疑心を抱かずにはおられないのだが。
「ならばご説明しましょう」父上は太い吐息をついた。「まず、我が国に稲作が向かない理由ですが」
 資源とは縁のない井浪国(いなみのくに)と、地価の甚だ高い東国(あずまのくに)に挟まれた国。山と森ばかりで、平地の少ない国。それが、夥しい樹木に埋もれて生きる、陰月という名を戴いた私の住まう国だ。
 そして稲作には、「大量の水」と「広大な平地」の両方が要る。しかし陰月国には、その片方がない。ために、木工の芸を磨くことにしたのだと、学び舎では聞いた。
 だが、父上はそれを踏また上で、違うことを言った。
「昼夜の冷温差があまりない。これが、主たる要因だと」
「冷温の差、ですか」ぱちぱちと目をしばたたかせる小国宰様。
「私も委細を語れるほど詳しいわけではないが、稲の育成には、どうやら温度が密に関係しておるようです」
「初耳だ」
 子に向けられた非難にも黙視していた鼠大将が、おやという感じで口を開いた。「それも季節間ではなく、昼夜間の差とは」
「なら、稲作の盛んな秋月国では、昼と夜の温度差が大きいと?」
 小国宰様の問いかけに、父上は軽く頷いた。
「左様。極端でもいかんのでしょうが、昼夜間の温度に開きがあった方が、よく実ると聞きました」
「はああ。奥が深いですなぁ。温度に繊細な稲だからこそ、温度は保たれていた方がいいような印象を持っていましたが」
「私もだ。そうなると、ここではいくら地を均しても稲は育たないということになるではないか」
 冴えない顔をする吉蔵殿。あまり見られない表情だ。
「先人たちは、そうと知っていたから稲作りをしていなかったのかもしれんな。無論、容易さから木工に手を出し、米は買い付ければよいとしたのかもしれんが」
「むむ。稲作がどうにも我が国に根付かなかった理由が温度の高低差とは……」
「もうおわかりでしょうが」
 と、父上は、萎びる二人に断りを入れて、
「稲の出来不出来は、温度に因む。特に夏の間の温度に左右されやすく、冷え込めば不作になると。こういう道理であれば、我々よりも温度に敏い稲鳥がなぜ前知できるのかも知れるというものです」
 日の射す時間が少なく、雨も降りやすい冷夏を越せば、稲は不出来となる。つまり夏の間の温度がわかれば、前もって収穫の是非が知れる。稲鳥が恋する季節は夏で、彼らは恋をするとより温度に敏くなる――。
 わかったような気がした。たぶん稲鳥は、一度きりの恋に全霊をかけているんだ。全霊をかけているからこそ感覚が研ぎ澄まされて、稲の出来すら占えるようになっているんだ。
「豊作を知って雄が踊るのも、不作を知って雌が鳴き散らすのも、私が見てきた限り、暑夏と冷夏に合致しておりました。理由まではわかりかねますが」
「そうでしょうな。夏の間、暑ければ雄が踊る。寒ければ雌が鳴く。これが稲鳥の、夢見によるとされた前知の正体なんでしょう」
 先人は知っていたんだと思う。知っていたから、歌にして残した。ただ、その歌の中身を知る者が途絶えてしまっただけで。
 稲鳥の恋は一度きり。大人になって初めての夏に、一度だけ。腹満ちる夢に雄踊る。腹空く夢に雌嘆く。――素敵な歌じゃないの、とっても。凶事まで含まれているのがちょっといただけないけれども。
「もっと煮詰めて究めたら、どうです。我が国における兆司の鳥として用いてみては」
「いやいやいや」
 鼠大将の提案に、小国宰様は、ぶるぶると大袈裟に首と手とを振って否定した。「私などには無理、到底無理です」
「なぜ」
「巫女を蔑ろにするなど、畏れ多くて」
「蔑ろにするわけではないでしょう。巫女の声ではない、我が国だけの宝鳥であるからと宣えば反発もないかと」
「もうこの話題はよしましょう」
 あせあせと、耳の裏に掌を立てる仕草をする。どこで誰が聞いているかわからないと言いたいようだった。
「そうですな」鼠大将は自前の細腕を組んで、「ずいぶんと話が逸れましたが、今日は何事あってお呼びをかけられたのでしょうか」
「そうでした、そうでした。すみませんねえ、与太話が好きなもので」
 撫でると頭の回転が速くなるのか、つるつるとさせる手が止まらない。まるで自己暗示でもかけているかのよう。
「お集まりいただいたのは、半年後に執り行われる大蛇参りについて、色々とお話があったからなんですよ」
「何か不都合でも?」
 父上が一気に不機嫌になったとわかる、棘のある声だった。
 大蛇参りに関しては、我が家と風祭の二家が主幹事として準備を進めている。故に小国宰様の出る幕はほとんどないはずで、あるとしたら、外側から何か持ち込まれた可能性が高いということになるわけで。
「不都合というかですね」つるつるつる。「なにぶん初めてのことですんで。高間国の方から大丈夫なのかと問い合わせがありましてねえ」
 何のことだ、と父上が眉根をひそめた。私の眉も、たぶん同じようになっている。
 いやあ、と小国宰様は肩を落として、ため息まじりに吐露した。
「向こうが言うには、女が祭司を務めるのはどうなのかと、まあ、こんな感じでして。長子が女であるというのが信じられないと」
 女という言葉は、男という言葉以上に強い力が働くものだ。特に負の方面に。私はそれを、嫌というほど経験している。またかと思うと頭にきて、少々髪がざわついてしまった。 
 でも、女ではない父上はなんとも思わなかったようで、苦笑しただけだった。また面白い働きかけをするものだ、と。
「黒髪さん、笑い事じゃないんですよ」
 そうだそうだと、目に力を込めて擁護してみる。
「失礼。我が家としても初めてのこと故、先方のお気持ちもわからなくはないなと」
「おや、前例ないんですか」
「ありませんな。大蛇参りの祭司はおろか、譲座儀に女子が出るのは、黒髪家始まって以来初めてのことです」
「はあ、そうでしたか」
 小国宰様はつるつるを止めて、だらしなく口を開いた。そんな呆気にとられるようなことでもないような。
「どこの国、どこの家も、長子といえば男でしょう。で、向こうは何と? 女は許されないとでも言ってきましたか」
「そうではなくてですね。跡目を用意できず、苦し紛れを申しておるのではないかと嫌疑をかけられたのですよ。もし正当な跡目であるというなら、一度、高間国にまで昇ってこいと」
「ふむ。当主の儂が娘しか生めず、その娘が普通の女子なのではないかと疑っておるようだ」
「まさしくです。やはり大蛇参りは神事であり秘儀でもありますからな。神子以外が祭司として振る舞うのは許しがたいのでしょう」
「仕方ありますまい。高間には催事国としての面目もあるでしょうから」
 救われたとばかりに、つるつるを再開する。
「気分を害されたとは思いますが、ここはひとつ、高間国に行ってはもらえませんでしょうか。もちろん旅費は国が出しますし、手形もすぐに発行します。必要なら衛士もつけましょう」
 どうですか、と期待の眼差しを父上に向ける小国宰様が、なんだか犬に見えてきてしまった。
 父上は決まり切った答えを返した。
「断る理由はないかと」 
「ありがたい! おかげで肩の荷が下ろせます」
 本当に犬っぽい。もう少しおだてれば、尻尾も生えてきそうだ。 
「盛り上がっているところ申し訳ないが」
 待ちぼうけを食らっていたときと同じようにふて腐れた鼠大将が、
「私らはなんで呼ばれたんでしょうかね」
「ああっと、そうだ。そちらの方も説明せねばなりませんな。こちらがまた言いにくい案件でして……」
「神祭事に絡んだ話題なら、耳を遠ざけたい気分ですが」
「残念ながら、大蛇参りの案件です」
 思いっきり面をしかめた。出っ歯が剥き出しになるくらい。
「本当は与太話からの流れでお話しようと思っておったんですが。そう、米の話です。秋月国から連絡がありましてね。こちらが求めているだけの赤米は出せんそうです」
「何を馬鹿な」鼠大将は目を剥いた。「大蛇参りの祭事方はともかく、神事方はあれでなくてはならんのでしょう。どうしてそんな話が出てくるのか」
「なんでも、今年の収穫量が例年の半分以下だったらしく……」
「それならそれで、都合がつくように出口を絞るべきでしょうが。責任者はいったい何をしておるんだ!」
 激怒する親鼠の横で棒立ちになっている子鼠・平蔵。血の気が失せて、顔が青くなっている。が、親より先に怒らないでどうするのだろう。責任者は彼なのに。
 大蛇参りにおける風祭家の役割は、主に「酒」の仕込みと調達だ。
 陰月国ではお米があまり採れないこともあって、酒造りとは遠縁にあると思っている人が大勢いるけれど、とんでもない。おそらく秋月国よりもお酒を造っている。米に限らず果物からも造っているし。造酒場は風祭家の独占状態だけど。
 で、彼の家には、赤米を使った酒造技術がある。〈朱酒(あけ)〉と呼ばれる高級酒を造る技術なわけだが、これが大変難しいらしく、彼ら一族だけに伝わる秘技によってしか造れないのだとか。半透明な薄い赤茶色をした見た目は独特で、あまり美味しそうには見えない。でも、お金持ちはだいたい愛飲している。
 この朱酒を、大蛇参りでは大量に用いる。神事の際に、伝承をなぞる意味を込めて。だから鼠大将は怒っているのだ。米から造る酒とは違って、朱酒は貴重で高価な赤米から造る。いきなり大量に集めろと言われても、はいそうですかとはいかないから。用意できなかった、なんて通じるわけがないし。
「私も仔細を聞きに出向こうと思っているのですが、どうですかな一緒に」
「是非もない」
「では明日にでも。とりあえず手形は五枚ほど用意してあります。最悪、市場で買い集めなければならないかもしれませんが……」
「僕が」
 空咳を入れてから、平蔵は言った。「商団を引き連れていきます。幸い、まだ手形も期限が残っていますから」
「ありがたい。いやあ、参りますな。年の瀬で忙しいときに、次から次へと」
 弱り果てたと言わんばかりに両手で顔を覆い、小国宰様はため息をついた。
私もため息をつきたい気分だった。ただでさえ神祭事の準備で忙殺されているのに、お偉いさんの気紛れ道楽に付き合わなきゃいけないんだから。不幸にもほどがある。疑うなら向こうから確かめに来ればいいのに。
 父上はどうだろうと首を上げたら、目が合った。慌てて目を逸らす。逸らしてから、考えた。
 どうして笑っていたのだろう、と。どうして私を見て笑っていた

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